nynuts

にゅーよーく・なっつ。

かみさんを嫁にもらいに行った日

<Nutsアーカイブ>

 

 その朝、オレはクイーンズの街角で、彼が来るのをひとり待っていた。

 最近買ったばかりのスーツとコートを着て、時々、クイーンズの広い空を見上げながら、オレは彼が来るの待っていた。

 8時をちょっと過ぎた頃、彼が現れた。いつもの見慣れた車に乗って、彼がゆっくりオレに近づいてきた。そして、その窓を開けてこう言った。

 「ヒロ! こんなとこで何やってんだ?!」

 40年以上も前に、キューバからこの国に移民としてやってきた彼の英語には、ほとんどアクセントがなかった。

 「ちょっと話があるんだ。」

 オレは、そう答えた。

 「とりあえず、乗れよ。」

 彼は、そう言って、助手席側のドアを開けた。

 オレが席に座ると、彼はもう一度、さっきと同じ質問をした。

 「こんなとこで何やってんだ?」

 今度は、オレは何も答えず、ただ笑ってこう言った。

 「このスーツ、分かるかい? この前のスーツだぜ。」

 約1カ月前、オレは、彼と一緒にそのスーツとコートを買いに行ったんだ。

 「うん、似合ってる、似合ってる。」

 彼は、嬉しそうにそう言った。

 ちょっとした沈黙があり、その後、彼は、言った。

 「どうしたんだ?」

 オレは、彼から一度、視線をそらし、そして、今度は身体ごと向き直って、彼の目をもう一度見つめた。それから、ゆっくりと、本当にゆっくりと、こう言った。

 「あんたの娘と結婚したいんだ。」

 彼は驚かなかった。優しく笑うだけだった。そして言った。

 「お前に最初に会った時、そうなってほしいと思ったんだ。」

 オレは笑いながらこう答えた。

 「冗談だろ。あんたと初めて会った時、オレ、スキンヘッドだったんだぜ。」

 3年半前、オレは仕事も何もない、ボロボロのTシャツとジーパンを着たジャパニーズ・スキンヘッドとして、彼の前に突然現れたんだ。

 彼は、オレの言葉を聞いて少し笑い、握手を求めるようにその右手を差し出して、こう言った。

 「おめでとう。嬉しいよ。」

 オレは黙って右手を出し、ゆっくりその手を握りしめた。

 「ありがとう。」

 照れくさかった。でも、嬉しかった。

 その日は、4年に一度の2月29日。久々に冬らしい冬の日だった。

 朝の空気は、切るように冷たかったが、オレが見上げたクイーンズの空は、気持ちいいぐらいに高く、そして、青かった。

 

*『週刊Nuts』1996年3月5日(NO.104)