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にゅーよーく・なっつ。

死とSNS

<Twitterコラム>

◇今の時代ってさ、一般人の人生の記録もネット上に残ってたりするわけでしょ(FBとかTwitterとか)。たとえば、ある人が事故でなくなったとして、もしその人がFBとかTWやってたら、死の前日まで何やってたかわかる可能性があるのね。これってスゴくないか。死までの足どりがわかるって。

◇事故なり事件なりで亡くなった人のSNSの記録によって、はい2週間前にはこうしてました、1週間前はこうでした、3日前がこうで、2日前そして前日、もしかしたら死の数時間あるいは数分前まで何してたかわかってしまうと。それらを時間軸で「こうでした」って並べたら死が凄く身近に感じたりして。

◇事故や事件で亡くなる人は人生がそこでいきなりブチンと切れるわけよね。テレビがブチンと切れるみたいに。そのブチン感というのは他人にはなかなかわからないんだけど、その人が死に至るまでに見てたこと、やってたとこを並べることによって、その「ブチン」のいきなり感がわかったりするのかなあと。

◇死とSNSの話。FBやTwitterによって亡くなった人の死までの足どりがわかるって昨日書いたけど、友達から聞いた話だとSNSによってその人の死後の足どりもできるって。亡くなったあとも、家族友人知人たちがその人のFBに書き込みや写真アップを続けることがあるそうな。興味深い。

◇FB等によって、死後もその人に関するコミュニケーションがネット上で可能になったわけね。おそらく生前とは別種のやり取りになると思うんだけど、それでもその人のFBは家族友人知人たちによって更新可能。その人に会いたくなったら、ネット上ではいつでも会いに行けると。亡くなったけど生きてる。

◇SNSによって死の意味が少し変わったのかなあとか思うのね。事件や事故で亡くなった人の人生は、その瞬間にブチンって切れるわけだけど、たとえばFB上ではまだその人は存在してて、他の人が情報更新することによって、今まで知らなかったその人の人生の一端を知れたりして。SNS時代の死とは?

 

*2014年1月13日~14日